よみむめも

正しい瞬間に正しいことばを見つけるために

ジョナサン・ハイト(2014)、高橋洋訳、「社会はなぜ左と右にわかれるのか 対立を超えるための道徳心理学」、紀伊国屋書店

Abridgment for Me
「象という直感」と「象使いという正当化」、チンパンジー的嗜好ととミツバチ的嗜好の使い分け、アメリカ的リベラル、アメリカ的リバタリアンアメリカ的保守主義の皮を剥ぐと出て来る6つの道徳基盤(ケア、公正、忠誠、権威、神聖、自由)と、それを人々が理解することで緩和できるかもしれない対立構造
My Favorite Expression
・道徳の構成要素をもつこととそれらを組み合わせて道徳システムを構築することの違いは大きい(チンパンジーとヒトの間にある、ある距離について)
・ここでしばらく生きていかなければならないのだから、(相手を称賛し誠実な関心を示すマナーで)やってみようではないか
Intriguing References

・Hatami.P.K. et al.

A Genome-Wide Analysis of Liberal and Conservative Plitical Attitudes

・バーバラ・エーレンライク

Dancing in the Streets:A History of Collective joy

 

My Impressions
例えば、敵対する陣営が抱く社会の危機感に「妄想」という評価を下したくなったとき、そもそも、その言葉の定義(妄想というのは「実際には」存在しないものに対する、「理性」によっては制御出来ない「誤った考え」や「執拗な」信念である)には、「実際に」「理性」「誤った」を判断するための道徳マトリックスに依るところが大きいのだということを一方が思い至ることによって、互いに合意することができれば(それを「妄想」と解釈するか否かの違うけれど、それぞれが解釈する姿勢自体は誤りではない、存在についての認証)、少し対立の意義が変わって来る、というこんがらがった糸を解すために、たくさんの知恵と勇気と努力が必要なのだということが繰り返し書かれていた.こういうのを「愚直に一歩一歩」というのだと思った(勉強しない政治屋の自称「愚直」は、ただの、本物の怠け者の言葉遊びだと改めて思ってむかっ腹)

ところで、あのレクター博士と「神の肉」(A Cultural History of the Magic Mushroom)の著者の名前が偶然ながら同じで……