よみむめも

正しい瞬間に正しいことばを見つけるために

レン・フィッシャー(2006)、林一訳、「魂の重さの量り方」、新潮社

Abridgment for Me

16世紀末から17世紀という時代の教会またはジュリオ・リブリ(シンプリチオ)とガリレオ(サルヴィアティ)の間にあった「宇宙」、20世紀初めのダンカン・マクドゥーガル博士の瀕死の肉体の計量、1990年に入ってからのH・ラヴァーン・トワイニングのマウスの計量……見えないものの計測に注がれた情熱、その中から生まれた「物質とは何か」「魂とは物質か」「私が測定した質量は何か」という問い、18世紀のヘンリー・ヤングの実験とニュートン支持者(ヘンリー・ブルーム・ジュニア)の罪深い信心、17世紀の錬金術に没頭した人々と流行(常識)、ロバート・ボイルの心に秘められた錬金術信仰と「錬金術師ヘニング・ブラントの実験結果の無断流用」、18世紀後半のアレッサンドロ・ボルタボローニャ大学の解剖学者ルイジ・ガルヴァーニ、そして彼の甥のアルディーニの接触電位の実験……などなど、何せ感動的に有名無名(私が知らないだけの人も含めて)の登場人物が多くて目が回る.

My Favorite Expression, problem phrase

「これまで発見されたどのエネルギー変換も、どのエネルギー輸送過程も、浪費を含んでいる」

Intriguing References

『新科学対話』ガリレオ・ガリレイ

My Impressions

戦い最中の実験者、研究者たち、それをとりまく支持者や流行から生まれる様々な価値観や人々の生活、感情とは関係なく、誰も彼も実験と試行錯誤が、時間を越えれば協力しあっているという事実を、ヒトというのは、なかなか受け入れようとしないものなのね.